【デヴィッド・ボウイ】美しきBLACK STARを音楽と共に振り返る 1月20日はデヴィッド・ボウイの日『今日というミライグラフ365』

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【デヴィッド・ボウイ】美しきBLACK STARを振り返る 1月20日はデヴィッド・ボウイの日『今日というミライグラフ365』
【デヴィッド・ボウイ】美しきBLACK STARを振り返る 1月20日はデヴィッド・ボウイの日『今日というミライグラフ365』

ミライチェックポイント!!1月20日 今日は何の日!?

1月20日は、デヴィッド・ボウイの日です。

日付の由来は、2016年1月20日、ニューヨーク・シアター・ワークショップにて、デヴィッド・ボウイによって共同制作された舞台作品『ラザルス』の最終公演が上演された日であり、この10日前の2016年1月20日にデヴィッド・ボウイは亡くなりました。

そして、この日を『デヴィッド・ボウイの日(David Bowie Day)』にする声明文をニューヨーク市長のビル・デブラシオが、読み上げ制定しました。

今日は、日本だけでなく、世界の音楽に影響を与えた、『デヴィッド・ボウイ』についてのコラムです。

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ミライチェックポイント!!デヴィッド・ボウイはどんな人物だった!?︎

デヴィッド・ボウイは、主に、イングランド出身のミュージシャン、シンガーソングライター、音楽プロデューサーです。

他にも、俳優として多くの映画にも出演しており、日本では、北野武さんや、坂本龍一さんと共演した、『戦場のメリークリスマス(Merry Christmas, Mr. Lawrence)』も、俳優として出演しており有名ですよ。

デヴィッド・ボウイといえば音楽性の高さからミュージシャンと捉えられがちですが、若い時代から役者としても多くの映画やドラマなどにも出演しており、マルチアーティストな活躍をされていました。

ただ、デヴィッド・ボウイが、世界にその名を知らしめたのは、ミュージシャンとしてです。

彼は、ミュージシャンとしてグラムロックというジャンルの先駆者であり、さらに映画やアート、歴史的・宗教思想や哲学、慈善活動からも、音楽性に多くの思想や新しい時代の音楽を取り入れており、常に新しい音楽性を作り出して来たアーティストと言えるでしょう。

 

ミライチェックポイント!!グラムロックとは!?

【デヴィッド・ボウイ】美しきBLACK STARを振り返る 1月20日はデヴィッド・ボウイの日『今日というミライグラフ365』
【デヴィッド・ボウイ】美しきBLACK STARを振り返る 1月20日はデヴィッド・ボウイの日『今日というミライグラフ365』

彼は、グラムロックの先駆者として台頭し、ポピュラー音楽の分野で世界的名声を得ました。

グラムロックとは、イギリスで1970年代前半に流行した、ロックのジャンルで、魅惑的であることを意味する英語の『glamorous』から由来しており、日本では、1970年代後半〜1980年代前半に、いわゆる『ビジュアル系』と呼ばれるジャンルを生み出したともされています。

当時のグラムロックのミュージシャンの外見は、中性的で男性でも濃いメイクを施したり、煌びやかでけばけばしい、古い映画やSFをモデルにしたような、懐古趣味的な(ゴシックファッションと言われる)衣装を着たりするものでした。

音楽性としては、当時のロックは、ハードロックや、プログレッシブ・ロックが流行していましたが、乗りやすいグルーブ感のあるビートやキャッチーなサウンドが多く、それぞれのグラムロックミュージシャンによって、音楽的思考の個性があり、共通点はないものの、いわゆる『ニューウェーブ』ミュージックの前身に近い音楽が多かったと思われます。

このグラムロックの影響により、1980年代の音楽では、音楽ジャンルの違う、パンクやハードロックなどにも、中性的な外見のミュージシャンなども多く現れました。

 

ミライチェックポイント!!デヴィッド・ボウイの人生と音楽性について

英国における他のグラムロックの代表的なアーティストといえば、マーク・ボラン、Tレックスや、ロキシー・ミュージック、モット・ザ・フープルなどが有名です。

その中でも、デヴィッド・ボウイは、ビジュアルにも個性があり、『ジギー・スターダスト』という、SF映画から飛び出したかのようなキャラクターを作り出し、ジギー・スターダストと名乗り活動し、世界的な人気を確立しました。

『ジギー・スターダスト』は、アルバムの名前であったものの、そのキャラクター性や、バックバンド名までも設定されており、その世界観は、別世界から現れたような存在でした。

David Bowie – Space Oddity (Official Video) より

この時の代表曲が、上の動画の曲である『スペイス・オディティ』です。

これは、映画『2001年宇宙の旅』をモチーフにしたともされ、多くの映画やアートからも音楽へ取り入れられています。

また、初期の若い頃からデヴィッド・ボウイは、チベット仏教に傾倒しており、チベット難民救済活動も行われています。

David Bowie – Life On Mars (2016 Mix) より

ここまでのグラムロックの時代には、イングランドをメインに活躍していましたが、世界的な人気を掴み始め、アメリカを拠点として移していきます。

  アメリカ時代

次のアメリカを拠点中心とした時代には、よりSF映画をモチーフにしたものや、積極的に黒人の音楽性をリスペクトし、より融合させたり、近づけることを意識した作品を作りだしていきます。

また、この時、アメリカでの過酷なスケジュールからも、長年の薬物使用や中毒で精神面的にも体を壊していたといわれてます。

この頃の彼の行動や思想は、体調の崩れからも、人によっては批判を受けることもありました。

  ドイツ・ベルリン時代

そこから、ドイツ・ベルリンへ移り住み、薬物からの更生を行い、楽曲製作に打ち込みます。

David Bowie – Heroes (Official Video) より

しかし、当時、行っていたライブでは、再び架空のキャラクター「シン・ホワイト・デューク」(痩せた青白き公爵)を名乗り、それを演じ、「ナチズム』を強く意識したステージ演出(ジークハイルをした)などしたと、度々バッシングを受け危険人物とされたこともありました。

この頃は、薬物からの体調や精神的な問題から、抜け出そうとし始めている頃で、葛藤も感じられる作品が多いですが、グラムロックの初期の頃と、この後の新しいロック作品への、移り変わりを感じられる作品が多く、まさに『ボウイっぽい』という感じで、個人的には今でも新しい感覚で聞けます。

David Bowie – Ashes To Ashes (Official Video) より

そして、そこから、1980年代は、上の「Ashes to ashes」で、これまでの自分との決別のような、ニューウェーブを前面に出した、RCA時代最後のアルバム『スケアリー・モンスターズ』を発表しました。

  世界的なトップスターの時代のスタート

ここから、彼の本当の意味での世界的な真のトップスターの時代が始まります。

そして、キャリア最大のヒット・アルバムとなったナイル・ロジャースをプロデューサーに起用した、下の動画にもあるアルバム『レッツ・ダンス』を発表しましす。

David Bowie – Let’s Dance (Official Video) より

この頃から、PVもはっきりした画像の物が多いので、お気づきになるかもしれませんが、ボウイは、先天性の虹彩異色症により左右の目の色が違います

若い頃に恋人の取り合いで喧嘩して、大きな手術を行っておりそれによるものとも言われますが、生まれつきのようです。

もう、まさに生まれつきのビジュアルを持っており、まさにグラムロック・ブラックスター!!ですね。

本人は嫌かもしれませんが、ファンとしてはカッコ良過ぎます。

そして、サブラカルチャーからのスターであったボウイは、この頃に、ついに彼のスタイルや地位を完全に確立し、世界的なロックスターと認められた頃と言えるでしょう。

  日本やアジアへの興味や関わり
David Bowie – China Girl (Official Video) より

この頃で、他の有名な曲といえば、『China Girl (チャイナガール)』でしょう。

ボウイは、最初にも書きましたが、チベット仏教に興味があり、そして、アジアに対する興味が多くあり、日本への興味が強く、親日家であったとも言われています。

1973年には初の日本公演を果たしており、初期のグラムロックの派手な衣装には、山本寛斎の服を着たり、化粧や衣装は、歌舞伎の舞台での早着替えや、様式美や『女形』という要素に、大きな影響を受けたと言われています。

さらに、1980年頃京都市東山区に住んでいて、京阪電車や阪急電車に乗車している写真が残っているそうです。

これは、本当に驚きですね。

また、日本のCMにも、なんと10本近く本人が出演しています。

この頃、日本のCMでも使われていた有名な曲を下記にてご紹介しましょう。

David Bowie – Blue Jean (Official Video) より

この曲は、ノエビア化粧品のCMとして、1984年に使われていました。

PVのボウイがハンサム過ぎます。

David Bowie – Modern Love (Official Video) より

次は、ニューウェーブと、ポップ&ロックっぽい明るさのある曲調で、これまでのボウイとはイメージは変わっていきますが、この頃からまた新しいスター、ボウイの幕開けと言ってもいいでしょう。

  他のアーティストとの積極的な共演

他にもこの頃の名曲としては、長年の友人、ミック・ジャガーとのチャリティ・シングル「Dancing In The Street」や、クイーンとの共作である「アンダー・プレッシャー Under Pressure」、時代はさかのぼりますが、アメリカに移ったころには、ジョン・レノンと、『Fame』で共演しており、積極的に他のアーティストとの共作・共演があります。

David Bowie & Mick Jagger – Dancing In The Street (Official Video) より

ミックジャガーもボウイも、どちらもまだまだ若くて茶目っ気たっぷりで、カッコイイですね〜!!

こちらも、元気が出る曲です。

Queen – Under Pressure (Official Video) より

クイーン単体の曲だと思われがちですが、デヴィッド・ボウイが参加しています。

私はどちらもファンなので、フレディー・マーキュリーの声とデヴィッド・ボウイの声の共演には今聞いても震えます。

実際に、共演しているものの、ライブなどで一緒にしている映像がないので、若い頃のフレディーと、フレディーが亡くなった際の追悼のライブだと思いますが、その動画をミックスしたものがありましたので、下の動画ご紹介します。

Queen & David Bowie – Under Pressure (Classic Queen Mix)

これは、完全に共演しているようです。

いや、共演しているのでしょうか・・!?

聞いても聞き分けられない人にも、二人のスターの共演を見たい!!という方にも、オフィシャルではないと思いますが、オススメです。

 

ミライチェックポイント!!ソロ活動と後期の音楽活動などについて

これまでは、デヴィッド・ボウイと名乗っているものの、定期的にバンドメンバーを従えて、バンド形式での活動を行ってきましたが、1990年代より、本格的にソロとして活動を行っていきます。

  本格的なソロ活動と1990年代
David Bowie – Black Tie White Noise (Official Video)より

この頃より、現代的な曲調や、ダンサブルな曲調を持ち合わせながら、デヴィッドボウイの特有の曲調を固持しており、カッコイイです。

David Bowie – Jump They Say (Official Video) より

1990年代からは、生音だけの音楽だけでなく、より打ち込みによるダンスミュージックや、ロックだけでないジャンルなども積極的に取り入れ、新しい進化と可能性を感じさせる音楽を発表していきました。

ミクスチャーの流行り始めていた時代を彷彿とさせます。

私個人としては、この頃からボウイのファンになったので、印象深いです。

  2000年代と体調の変化

2000年代の始めは、創作意欲は衰えず活動を行っていき、アルバムもいくつか発表していきます。

しかし、2000年代の後半、ツアー中にハンブルクにて動脈瘤による前胸部の痛みを訴え緊急入院します。

残りの14公演を急遽中止したころから、病状も心配されますが復活したりと、表舞台での活動自体は減少傾向になっていきます。

David Bowie – New Killer Starより

2000年代の曲です。

ちょっと、昔に曲調が戻って行っているような感じもさせます。

  2010年代

この時代の後半は、どちらかというと、音楽活動がメインでなく、体の回復や、執筆活動や、アート作品などの製作を行っていたそうです。

David Bowie – Where Are We Now? (Video)より

2013年1月8日、ボウイの66歳となる誕生日に突如、新曲「ホエア・アー・ウィー・ナウ?」と10年ぶりとなる新作『ザ・ネクスト・デイ』を3月に発売します。

この先行シングルの「ホエア・アー・ウィー・ナウ?」は全世界119か国のiTunes Storeにて一斉配信開始され、リリースから24時間で27か国のiTunesチャート1位になりました。

この年齢では、本当にすごいです。

世界中に熱狂的なファンが本当に多いんでしょうね!!

外見も確かに年をとっていますが、まだまだシブさがたまりませんね。

  デヴィッド・ボウイ最後の作品と死
David Bowie – Blackstar (Video) より

そして、2016年1月10日、18か月の闘病の末、肝癌により死去したことが公式Facebookにて公表されました。

しかも、その2日前の69歳の誕生日、2016年1月8日にアルバム『★(Blackstar)』をリリースしたばかりでした。

アルバムは、自身初の全米チャート (Billboard 200) 1位、翌年、2017年、遺作となった作品『★(Blackstar)』が、グラミー賞で最多の5部門を獲得しました。

David Bowie – Lazarus (Video)

この『Lazarus』は、自らの死期を悟っていたボウイがプロデューサーのトニー・ヴィスコンティと共に、ファンへの最後のメッセージを盛り込んだ内容となっています。

ちょっと重い内容と曲調ですが、死までも音楽に表現してしまうアーティストというところなのか、デヴィッド・ボウイらしいというべきなのでしょうか。

亡くなる本当に最後の最後まで、伝説と素晴らしい音楽を残してくれました。

悲しいですが、本当に感謝です。

 

今日のミライポインツ今日のミライポインツ!!︎

今日は、デヴィッド・ボウイについてのコラムでした。

彼の音楽は、本当に唯一無二というか、音楽だけでなく、歌い方やスタイルまでも本当の意味でのアーティストですよね。

また、真似しようとしても出来ないという感じさせるものです。

クイーンのフレディー・マーキュリーもそうでしたが、デヴィッド・ボウイも同じように映画化され、もっと認知されて欲しいようなされて欲しくないような。

まさにレジェンドですね。

今日の毎日の記念日は何の日か、スピーチや、朝礼の話のネタなどにお使いください。

それではまた
新しい1日をミライグラフで!!

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