日本絶世の歌姫 安室奈美恵引退の日に振り返る 9月16日『今日というミライグラフ365』

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日本絶世の歌姫 安室奈美恵引退の日に振り返る 9月16日『今日というミライグラフ365』
日本絶世の歌姫 安室奈美恵引退の日に振り返る 9月16日『今日というミライグラフ365』

ミライチェックポイント!!9月16日 今日は何の日!?

2018年9月16日は、安室奈美恵さんの引退の日です。

とても、私たちにとっては、悲しいく寂しい気持ちがありますが、安室奈美恵さんにとっては、新しい生活の門出となります。

昨年の2017年9月16日、デビュー25周年を迎えたばかり2017年の9月20日というご自身の誕生日に、突然、安室奈美恵さんのオフィシャルサイトより、『ファンの皆様へ』というタイトルで、翌2018年9月16日を以って芸能界を引退することを、所属事務所の公式Webサイト上で発表されました。

あの日本中に衝撃を与えた日から、色々な意味での早過ぎますが、もうすぐ約一年が経とうとしています。

幸せな新しい生活を願って今日は安室奈美恵さんについて改めてその素晴らしさと凄さをご紹介しましょう。

 

ミライチェックポイント!!安室奈美恵さんについて

今更ですが、安室奈美恵は、1977年9月20日生まれ(の引退の時点)40歳です。

安室奈美恵さんが、スーパーモンキーズとして、活躍されていた頃から私にとってはもはや同世代のスーパーアイドルです。

そして、アイドルから、日本を代表する歌姫として活躍されていました。

本名は同じ安室奈美恵さんですね。

身長は158cmと、テレビやライブなどの舞台上で見ていると、そのオーラからか、堂々としていて、美しくて可愛くて、もっと大きく見えますが、日本人の一般的な女性と身長はあまり変わらないんですね。

血液型はO型で、沖縄県那覇市出身です。

沖縄といえば、沖縄のアクターズスクールより、現在の MAX(マックス)である、当時のスーパーモンキーズとしてデビューされました。

当時は、沖縄のアクターズスクールからは、SPEED(スピード)や、DA PUMP(ダ・パンプ)・Folder(フォルダー)などもデビューして、沖縄のダンス&シンガーグループが大人気な時代でした。

MAXや、SPEEDのメンバーは今でもそれぞれ活躍されていますが、最近では、DA PUMPも『USA』で再ブレイクをしたり、Folderからは、ソロで、三浦大地さんや、女優さんとして、満島ひかりさんや、旧姓:宮里明那(旧:AKINA ビビる大木の妻)としてもそれぞれが、芸能界でも活躍されています。

そんな沖縄アクターズスクールを世に知らしめた、火をつけたのが、スーパーモンキーズであり、その代表的な存在である安室奈美恵さんのブレイクによることは間違いありません。

それは、独特の声質と、美しい歌声、卓越した歌の上手さ、そして、ダンスの上手さや、美しさと可愛さを兼ね備えた容姿も含めて、すぐに日本の私たちを魅了し誇るべきシンガーであったからこそですよね。

 

ミライチェックポイント!!安室奈美恵さんの驚くべきところ①歌手になるつもりでなかった!?

日本絶世の歌姫 安室奈美恵引退の日に振り返る 9月16日『今日というミライグラフ365』
日本絶世の歌姫 安室奈美恵引退の日に振り返る 9月16日『今日というミライグラフ365』

これまで、ご紹介した通り、あの歌やダンスの上手さからも、小さい頃から歌手になりたかったんだろうなぁ〜と思いがちですが、実は安室奈美恵さんは、最初は

『女優になりたかった・・・』!?

ということを話されていました。

ところが、当時のアクターズスクールで観た、ジャネット・ジャクソンの楽曲「Rhythm Nation」のミュージック・ビデオに衝撃を受けて歌手の方向へ向かったということです。

逆に、女優ではなく、歌手になって頂いて、色々な音楽を届けてくれて感謝です。

 

ミライチェックポイント!!安室奈美恵さんの驚くべきところ②驚異的な魅力と体力

アクターズスクールには、友人のレッスンの付き添いで見学しに行ったところ、スカウトされましたが、家庭の事情から月謝が払えないとの理由で一度は入校を断念されています。

しかし、その小さい頃からの魅力からか、特待生として入校されたそうです。

しかも、小学生時代には、週三回も片道一時間半の距離を歩き通っていたということですから、驚くべきところです。

あのスタイルの良さや、激しいダンスの中でも、素晴らしい歌声を聞かせてくれるのは、そんな努力と驚異的な体力の持ち主であるおかげもあるのかもしれません。

それは、この引退の40歳になられた年齢にも、私たちには昔と変わらず映るのは、持って生まれたものだけではなく、今までの並外れた見えないところでも頑張っている努力の積み重ねであるのは間違いありませんね。

 

ミライチェックポイント!!安室奈美恵さんの驚くべきところ③アムラーという社会現象まで作ったカリスマ

安室奈美恵 with SUPER MONKEY’Sとして完全に、安室奈美恵とMAXと独立それぞれが独立した後、小室哲也プロデュースにより、安室奈美恵さんはさらに人気を高めて行きます。

その頃、安室奈美恵さんに成りたい!!安室奈美恵さんのような服装や容姿を真似たりする、『アムラー』という言葉まで生まれ町中には、安室奈美恵さん風の若い女性が増えました。

当時、小麦色に焼けた肌や、ファッションの学生や女性、いわゆる、コギャル風のファッションの先駆けであったのも間違いありません。

その歌やダンスだけでなく、ファッションや容姿にも多くの影響を受けた人は多かったでしょうね。

アムラーという言葉は、1996年その年の流行語大賞にもなっています。

ミライチェックポイント!!安室奈美恵さんの驚くべきところ④活躍の裏で結婚・出産・離婚・母の死、脱・小室

ミリオンを連発・レコード大賞受賞し、流行語まで生み出し、活躍をされいましたが、そんな人気絶頂の中、1997年には、TRFのダンサー・SAMとの結婚し、出産と幸せばかりに見えた安室奈美恵さんですが、その後から多くの苦労と悲しいことももありました。

1999年には、安室奈美恵さんの実のお母さんが、母の義理の弟によって、殺害されるという事件が起こりました。

そこから、翌年からは、小室哲也とのプロデュースも離れてまた新たに他の人とのプロデュースなどや、多くのコラボレーションやフューチャーなどの活動が始まりますが、その年には、SAMとの離婚をされています。

その後から、脱・小室哲也をして、安室奈美恵自身の魅力が一気にまして、まさに日本の代表的な歌姫として、もはやアイドルなどという枠ではなく、トップ歌手としての位置が確立されていったと思います。

それにより、10代・20代・30代の全てにおいてミリオンセラーを叩き出すという、継続的さらには驚異的な活躍をされました。

人気絶頂の中の結婚・出産・母の死、そして離婚、小室プロデュースからの脱却で、さらに活躍とまた、不死鳥のように蘇って来たという感じでしょうか。

活躍の裏には、多くの努力だけでなく、苦労や悲しみもあったんですね。

 

今日のミライポインツ今日のミライポインツ!!︎

今日は、安室奈美恵さんについてのコラムでした。

やっぱり、あらためて辞めてしまうというのは、残念ですよね。

ただ、一番輝かしい時期にやめるというのも、ファンの記憶に残ることやご本人自身の希望や体力やメンタルとしても良いことなのかもしれません。

ただ、辞めて一般人に戻るところまでいってしまうのもちょっと寂しい気持ちがありますよね。

現代の音楽シーンは、ミリオンセラーに行くまで、売れない時代です。

簡単にYouTubeなどでも、インターネット内でも聞ける時代であるため、売れないということはあるでしょう。

そんな理由からも、音楽が軽視されてしまい、新しい人気歌手や、歌姫が少ないような気がします。

本来であれば、もっと若い歌姫が世に生まれてきても良いはずですよね・・・。

安室奈美恵さんがいなくなるのは、すごく残念ですが、新しい歌姫が生まれてきていないことも危機感を感じますし、残念に思います。

今日の毎日の記念日は何の日か、スピーチや、朝礼の話のネタなどにお使いください。

それではまた〜!!
新しい1日をミライグラフで!!

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