奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日『今日というミライグラフ365』

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奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日
奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日

ミライチェックポイント!!1月14日 今日は何の日!?

1月14日は、愛と希望と勇気の日です。

日付の由来は、1959年のこの日、南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認されたことから、『愛と希望と勇気の日』と制定されました。

今日は、南極地域観測隊に同行した樺太犬の兄弟、タロとジロについてのコラムです。

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ミライチェックポイント!!南極大陸の観測隊とは!?︎

タロとジロの前に、南極大陸と南極地域観測隊についてご説明していきましょう。

ご存知の通り、南極大陸は、地球の最も南にあり、南半球の南極地方にあり、南氷洋に囲まれた南極圏に位置する南極点を含む大陸です。

大陸としては、アジア大陸とヨーロッパ大陸を足して、ユーラシア大陸とした場合、南アメリカに次ぐ、5番目に大きな大陸です。(分けた場合は6位)

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  1. ユーラシア大陸
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  5. 南極大陸♥♥
  6. オーストラリア大陸

その広さは、約1400万km2の面積は、オーストラリア大陸のほぼ2倍に相当し、約98%は氷で覆われ、その厚さは平均2.00325kmに及びます。

そして、南極地域観測隊は、その南極大陸の天文・気象・地質・生物学の観測を行うために滞在しており、現在でも活動されています。

彼ら日本の観測隊の南極の拠点が、あの『昭和基地』です。

 

ミライチェックポイント!!南極観測隊のタロとジロとは!?

奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日
奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日

最初の南極観測隊は、1956年11月に、総勢53名の『第1次南極観測隊』隊員として、タロ、ジロを含む22頭の樺太犬と共に、東京湾より南極観測船の「宗谷」で南極へ出発しました。

この樺太犬(からふとけん)は、暑さには弱いものの、寒さには強い犬種で、犬ぞりなどで活躍し、人間を助け働いてくれました。

第1次南極観測隊は、南極の昭和基地に到着すると、病気などでそのまま帰国する3頭を除いた19頭となり、越冬中に2頭が病死、1頭が行方不明となり、16頭となりました。

その滞在中の喜ばしい話の一つとして、雌のシロ子は、ジロなどとの間に8頭の子を産みました。

そして翌年、入れ替わって越冬する第2次越冬隊を乗せた宗谷は、悪天候のため到着出来ませんでした。

その時、第1次南極観測隊は、宗谷へ撤退出来ましたが、悪天候の関係から、次の第2次越冬隊は、全員ではなく3名が先遣隊として昭和基地に到着します。

しかし、宗谷が昭和基地近くまで到着出来ないことや、越冬自体が出来ないと判断され、小型飛行機で8頭の子犬と母親のシロ、第2次越冬隊の3名のみ帰船します。

そう、もともと、第1次南極観測隊と共に来た、残りの15頭の樺太犬は、小型飛行機では重量オーバーで離陸出来ず、なんと、『鎖に繋がれたまま』基地に取り残されてしまいました。

そして、取り残されてから、翌年の1959年1月に第3次越冬隊が到着し、残った15頭のうち、兄弟犬「タロ」と「ジロ」が生存しているのを発見、再会しました。

しかし、他の13頭は、鎖に繋がれたまま餓死か、行方不明となっていました。

なぜ、鎖に繋がれたままだったのかは、そもそも宗谷へ帰船するための、小型飛行機の重量オーバーと、越冬には樺太犬が必要であったこと、野犬化したり、共食いしたりしないためだったそうです。

これは、アメリカ海軍のウィンド級砕氷艦「バートン・アイランド」号の艦長の命令で、なんとか人命を救助し、南極の自然環境を守るという苦渋の判断でした。

そして、日本に帰還した、越冬隊は活躍した樺太犬を南極大陸に取り残したことに批判もされたようです。

しかし、彼らの判断としては、全員は無理でも、8頭の子犬と母親のシロだけでも助けたいという必死の決断であったのは間違いありません。

 

ミライチェックポイント!!タロとジロの奇跡の生還

奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日
奇跡の生還!!南極観測隊タロとジロの物語 1月14日は愛と希望と勇気の日

そして、この『愛と希望と勇気の日』である、1959年1月14日、第3次越冬隊のヘリコプターにより、上空から昭和基地に2頭の犬が生存していることが確認されました。

当初、どの犬なのかは、個体の判別はつ来ませんでしたが、後ほど名前の呼びかけや色などから、タロとジロであったことが、判断が出来たとされています。

また、共食いした形跡や、基地に置いておいた犬たちの食力も食べていなかったことから、どうやって一年の間、生きてきたのか、まさに奇跡の生還と話題になりました。

これは、推測であるものの、アザラシやその糞、ペンギンを食べて生きていたとされ、このタロとジロは、首輪を取ることが上手かったことから、何かしら生きる手段を手に入れていたと言われています。

この奇跡から、東京・上野の国立科学博物館に剥製として置かれたり、映画『南極物語』など、今でも語り継がれる有名なお話となりました。

しかし、一方では、人間の研究や探究心とはいえ、人を優先し犬を置いていったことや、別の土地に住む動物である犬を野放しにことや、南極にいる他の動物への自然体系の被害などを批判する声もあがりました。

難しい問題ですが、確かに、人間からすれば、美談にも受け取られるかものの、人のエゴイズムともいえる行為ともいえますね。

ただ、それだけに厳しい南極大陸の環境下であり、その選択肢がなかったことや、これらの教訓からも、今の南極大陸の研究に繋がっているものも間違いありません。

 

今日のミライポインツ今日のミライポインツ!!︎

今日は、南極観測隊の樺太犬、タロとジロについてでした。

映画の南極物語を私も見たことがありますが、当時の南極の観測には、犬の重要さを本当に感じられます。

雪国といっても、世界で最も寒い土地で、人が生活するには、高度な動物の力が必要なんです。

現代では問題はないかもしれませんが、当時には犬は大切な生活の力だったんです。

犬を連れて行ったこと自体や、放置したことは批判されたかもしれませんが、当時としては仕方なかったのでしょうね。

ただ、当時の人は、犬との関係性が、今のようにペットとしてだけでなく、生活するためのパートナーとして、ある意味もっと近かったのかもしれませんね。

今日の毎日の記念日は何の日か、スピーチや、朝礼の話のネタなどにお使いください。

それではまた
新しい1日をミライグラフで!!

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